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治療のための精神分析ノート
神田橋 條治 著
内容紹介
精神分析とは文字言語を神の地位から降格させ、最高の道具という本来の役割に戻そうとし続ける運動である。
「いのちの核はコトバでないものに支えられながら、ヒトの生はコトバによって支配されている」。著者は臨床の現場で、長くこの矛盾を乗り越えることをみずからのテーマとしてきた。コトバを治療の道具とする精神分析の臨床の場で、文字言語を絶対的なものとせず、治療者と患者との間の時々刻々の関係性の変化に目をこらすことで、著者は治療の場に立ち上がってくるいのちの営みを掬い上げる。そうすることで、精神分析用語として知られるコトバの真に意味するところ、治療の本質を説いてゆく。精神分析の世界への導きに始まり、先達の教え(=理論)の咀嚼、さらには独自の技法と修練の方法を紹介するなど、半世紀以上にわたる臨床の集大成ともいえる著者、畢生の書。もっと見る
目次
まえがき
I 精神分析の周辺
アナログとデジタル
出会い
自然は折り合う
文化汚染
いのち
病
自然治癒力
学習から文字文化へ
文字文化の特質
文字文化の挑戦
フラクタル
認識から学習へ
再学習と脱学習
二種の環界
臨界期
いのちへの援助VS人への援助
病因・症状・治療
II 精神分析の入り口
治療や援助
精神分析治療の骨格
無意識と意識と前意識
食と性
絆
退行
三昧
自由連想
愛着障害
認識とコトバ
因果図
葛藤図
「と」
III 精神分析治療の世界
自由と不自由の往復
体験と観察
退行と自然治癒
現実と空想
週七回分析と月一回分析
分析治療の適応と不適応
IV 理論
理論と物語
道具としての理論
再び葛藤図について
前意識
抵抗
防衛
抑圧と解離
投影
攻撃性
転移
逆転移
行動化
治療機序
過去
未来
再び退行について
洞察と統合
徹底操作
終結と中断
V 技法
技法総論
再び治療機序について
聴き方
コトバ
再び逆転移について
治療プロセスの素描[その1]─治療の開始期
抱え
前後での会話
質問
沈黙
起き上がる・確認
身動き
キャンセル
治療プロセスの素描[その2]─「抵抗」と「介入」
介入
再び抵抗について
再び転移について
再び質問について
治療プロセスの素描[その3]─自由連想の充実と「解釈」と「洞察」
解釈
いま・ここでないもの
夢
再び沈黙について
自己開示
フラクタル
VI 修練
初心と初志
コトバの修練と感性の修練
精神分析の外(振る舞い)
精神分析の外(内省)
先達への傾倒
研究会や学会
訓練分析
スーパーヴィジョン
ケース
付録 胎児期愛着障害の気功治療
説明/診断/治療/変法
あとがきもっと見る
著者紹介
※著者紹介は書籍刊行時のものです。[著]神田橋 條治(カンダバシ ジョウジ)
神田橋條治(かんだばし じょうじ) 鹿児島県生まれ。1961年に九州大学医学部を卒業後、1984年まで同大学医学部精神神経科。1971年から72年まで、モーズレイ病院、ならびにタビストックに留学。現在、鹿児島市にある伊敷病院に非常勤で勤めるかたわら、後輩の育成と指導に努める。
著書 『精神科診断面接のコツ』岩崎学術出版社、1984年(追補 1994年)/『発想の航跡 神田橋條治著作集』岩崎学術出版社、1988年/『精神療法面接のコツ』岩崎学術出版社、1990年/『対話精神療法の初心者への手引き』花クリニック神田橋研究会、1997年/『精神科養生のコツ』岩崎学術出版社、1999年(改訂 2009年)/『治療のこころ1~16』花クリニック神田橋研究会、2000~2010年/『「現場からの治療論」という物語』岩崎学術出版社、2006年/『対話精神療法の臨床能力を育てる』花クリニック神田橋研究会、2007年/『技を育む』(精神医学の知と技)中山書店、2011年/『神田橋條治 精神科講義』創元社、2012年/『神田橋條治 医学部講義』創元社、2013年もっと見る
推薦の声
渾身の力作、稀代の傑作原田誠一(原田メンタルクリニック・東京認知行動療法研究所)
傘寿を迎えた著者が書き下ろした渾身の力作であり、稀代の傑作である。読者は「臨床の知」満載の壮観に唖然としながら、頁をめくり続けることになるだろう。
周知のとおり、精神療法にまつわる著者の基本的な視座~骨格は、四半世紀前に刊行された『精神療法面接のコツ』(1990)において、すでに十全に示されている。その後の節目における著作、『還暦記念:対話精神療法の初心者への手引き』(1997)、『古稀記念:“現場からの治療論”という物語』(2006)で、その内容が拡充され進化を遂げてきた。これら3作の内容を更に彫琢~洗練し、精神分析に焦点を当てて卓見を語り尽くそうというのが本書の趣向。
ひねりの効いた書名は、『治療のための精神分析ノート』。かつて、自著『精神療法面接のコツ』を「精神分析からの引退記念」と称した著者が、改めて肉声で紡ぐ神田橋流・ネオ精神分析論である。満を持して著者が描き出す精神分析の世界は、期待通りすこぶる斬新で刺激に満ちている。
現在の精神分析界への著者の舌鋒は、歯に衣を着せない鋭利で厳しいもの。例えば、次のような具合に。
「生煮えでお定まりの論考や、鮮度の失われた介入や解釈技法に、いたたまれない気分になったのが、このノート執筆の動因でした。」(本書183頁)
「(精神分析の)汗牛充棟とも言える出版物もすべて、自らのコトバ世界への誘い込みであり、(他の流派との)対話の意図に基づいてはいない。・・・まるで、対話精神療法の一分野であるはずの精神分析が対話を拒否し『洗脳』に専念しているが如き現状である。」(117頁)
このような問題意識を背景にして誕生した神田橋流・精神分析論は、「そもそも精神分析という文化を必要とする人間とは、どんな生き物なのか?」という根源的な問いから出発する。そしてこの考察においても他者の論の受け売りをせず、自分の頭で考えた内容を自らのコトバで明晰に表現する姿勢を貫いているところに、著者の真骨頂が現れている。
具体的に紹介すると、「いのちの起源」の「象徴」としてふさわしいのは「泡」(23頁)という印象的な指摘の後で、著者は「病」と「自然治癒力」を論じる。そしてその「自然治癒力」に、次のような明快な解説が添えられる。
「『自然治癒力』とは、より良い方向への志向性との語感があるが、実態はそうではない。いのちと環境とのズレに『何とか折り合いをつける』志向である。対処作業である。」(25頁)
次に「いのちの本性」に触れ、「いのちの本性は自在性への希求であり、学習と記憶がそれを可能にした」(27頁)という名定義が披露される。そしてこの「自在性の希求~学習・記憶の変遷」の視点から、著者は動物の進化の過程を次の如く粗描する。
①単細胞生物における“手続き記憶の原型”、②昆虫が用いる、中枢神経を要する“より高次の記憶・イメージ”、③脳の巨大化に伴い進化したコミュニケーション手段としての“鳴き声”、④音声言語の出現(「ヒトは鳴き声の発展として語りコトバを身につけた。ヒトは人となった」26頁)、⑤「音声言語とイメージとを融合させた」文字言語の発明(27頁)。
著者は文字言語~文字文化の抜群の効用を指摘するとともに(「その威力で人は最強の動物となった」)、文字言語を「悪魔の武器」とも呼んで「文字文化の暴走」(27頁)を様々な形で記す。
「文字文化は、それまで拘束であった『いま・ここ』性や肉体、からの離脱を可能にしただけでなく、逆にそれらを支配するに至った。・・・摂食行動と食欲との乖離が生じ・・・繁殖行為と性欲との乖離が生じた。繁殖行為は自在、性欲は常在となった。」(28~29頁)
「ヒトは(放射能汚染地域の)イノシシと同等の物質汚染で晒され、かつイノシシなどはるかに及ばぬ膨大な文化汚染に晒され、かつ自ら文化を創案し、自然を汚染する存在として宿命づけられている。ヒトはホモ・サピエンス(知性ある人)であるがゆえにホモ・ポルート(汚す人)となった。」(22~23頁)
そして、この「文字文化」と「精神分析」の関係について、次の名科白が生まれる。
「精神分析治療の究極の目的は・・・いのちの主役であるアナログの、デジタル文化(文字文化)に支配されている『被洗脳部分』を解放し、そのデジタル文化を本来の道具の位置に戻す作業である。」(135頁)
以上の準備段階を経て、いよいよ神田橋流・精神分析が語られるのだが、その語り口がすこぶる独創的だ。先ずは、コトバの用い方から見てみよう。
本書では、精神分析を論じる際のいくつかの定番・術語が姿を現さず(例:超自我~自我~イド)、採用された従来の術語にも新しい定義や用法が付与される。例えば、次のように。
「解離は事態を二分法で整理しいずれか片方に意識を置く、おおむね適切な、短期間のコーピングである。」(106頁)
また一部の術語には厳しいクレームが寄せられ、対案が示される。
「徹底操作 最悪の訳語である。この語感は洗脳の気分・行動を導く。この訳語を選択した当時の先達たちの精神分析治療観と気負いが窺えて微笑ましいが、より適切な訳語は『仕上げ』であろう。共同作業の気分が取り戻せる。」(125頁)
一方、精神分析を論じる中で仏教~禅の用語が多用されている点も特徴的だ(例:三昧、不二)。こうした様々なコトバへのこだわりが、欧米文化にルーツを持つ精神分析を根底から考察し直して論じるために必須であった事情は、申し上げるまでもないだろう。
精神分析に関する著者の語りは豊穣を極め引用し出すと切りがないが、ここでは本書に導かれて評者が俄か・自由連想を試みた際に、特に参考になった箇所をいくつかご紹介する。
「自由連想を中軸に置く治療論では、自由連想への抵抗だけを標的とし、さらには、被分析者の意識する『抵抗感』だけを指標にすると悔いが少ない。なぜなら、『感』が生じたとき被分析者の前意識が『抵抗』の観察者に移行しているからである。」(101頁)
「自由連想とは無意識の覆いが取れて意識野に導かれることである。日の光にさらされるとはそれであり、治療者へ告白することを意味しない。・・・むしろ、治療関係が終結した後にも告白なき自由連想が続くことが理想であり、治療関係はその習慣、すなわち終わりなく続く分析治療の、予行演習・お稽古と位置づけてもいい。」(89~90頁)
「治療の開始期 自然治癒力の働きで、『退行』が引き起こされる。その際、抱えられている雰囲気が必要である。・・・治療開始期に普遍的な『陽性転移・転移性治癒』はいのちの自発的活動であり、イメージによる抱えである。・・・この時期での繰り返し言動を『防衛』とラベルする習慣はよくない。この段階への早すぎる介入・解釈が『乱暴な分析』として、マッチ・ポンプ的経過になっている精神分析的治療はとても多い。」(139~140頁)
「治療現場での葛藤図の作成は解釈の前処置である。葛藤図ができたら次の作業に取りかかる。葛藤図は対立図であり大いなるズレであるから、そのままでは相互干渉は起こらない。共通部分を作成してあげるのが解釈作業である。
例を挙げよう。『忠ならんと欲すれば孝ならず』という『重盛の苦衷』には、“どちらが、あなたにとって納得できるか、でしょうかねえ”と解釈すると、『自らが納得したい』という共通部分を得て、連想が進むだろう。あるいは『自らの納得をめぐる葛藤なのか、他からの承認をめぐる葛藤なのか』と新たな葛藤図に移ることもあろう。」(98~99頁)
「幼児期の重要な対象への関係が現在の治療関係に持ち込まれているとの従来の解釈は、『いま・ここ』を『影』にしてしまい、前意識を信頼できないものと位置づけ、治療者へのしがみつきを強化する。最も頻繁に見られる『分析の仕荒らし』である。」(156頁)
加えて著者は愛着障害に言及して、「コトバが介入できない」胎児期愛着障害の気功治療を、イラストつきでわかりやすく解説した(175~181頁)。必要な際に患者に紹介し試してもらうことのできる、臨床上の価値が極めて高い記述だ。ちなみにこのテーマに関しては「愛着障害を抱えている治療者」に関する論もあり(69~73頁)、大変興味深い内容になっている。
最後に、本書を読む上で参考になるかもしれない事柄を、二つ追記させていただく。
一つは、人間と文字言語の関係性における個体差。コトバを操る達人である著者にとって、文字言語の支配力~拘束力は強力無比なようであり、そのことが本書の内容に様々な影響を与えている。しかるに、コトバの支配力~拘束力にはかなりの個体差が存在するので、文字言語に関する本書の記載と接する時には、「これは著者の体験に基づく論であり、自分の場合はどうだろうか?」などと考えながら読み進めるとよいと思う。
ちなみに言わずもがなであるが、その場合「文字言語の支配力~拘束力が極めて強く、ずっと窮屈な思いをしてこられたであろう著者だからこそ、この画期的な書で新しい真実を表現しえた」事実を忘れてはならない。
二つ目は本書の参考文献の紹介で、それは『発想の航跡2』(2004)所収の「パデル先生」(2000)。このエッセイを併せ読むことで、本書の理解と味わいがぐっと深まること必定と断言させていただく。
評者が精神科医になって30余年経たが、内外の精神医学~精神療法関連の書籍を読んで最もこころ動かされ、多くを学び、自らの内なる変化を実感したのがこの本である。例えば、評者は本書に抱えられつつ試した俄か・自由連想を通して、著者が重視する「『懐かしむ能力』の育成」(105頁)をいささか実現できたように感じて、心底感謝している。諸兄姉におかれましても、是非本書を紐解いて著者との対話を存分に楽しんで下さりますことを。(『精神療法』第43巻1号、金剛出版より)
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